私立高校の併願優遇の便利さと危険な闇
ー利用はしたい、でも、進学は躊躇する…。併願優遇の光と闇ー
東京都内の私立高校入試で実施される独自文化「併願優遇」のシステムについて詳しく解説をしたいと思います。
併願優遇の制度自体は、ご存じの方も多いでしょう。進学塾や中学校の進路説明会で必ず説明があるからです。ただし、一部の良心的な先生以外は決して教えてくれない、表立って説明することができない闇があるのも事実です。便利だけど、危険もいっぱいの、併願優遇について、このページでは説明をします。
■よく分かる! 併願優遇の仕組みと流れ
併願優遇とは、都立高校を第一志望にしている受験生に対して、「都立高校に不合格だったら、うちの私立高校に進学してね。」という約束を事前に行うシステムです。
本番の入試を受ける前に、12月の時点で事実上の合格がもらえるために、滑り止めの私立高校を確保した上で、安心して第一志望の都立高校を受けることができます。そして、第一志望の都立高校に合格すれば、その私立高校は辞退をすることになります。都立高校に不合格だったら、約束通りに滑り止めの私立高校に進学します。
併願優遇の最大の特徴は、各滑り止め私立高校が出す内申点基準によって、事実上の合否が決まるという点です。例えば、私立A高校が「5科目20以上」という併願優遇の内申基準を出します。中学生は、この内申基準を満たしていれば、私立A高校の合格が事実上、保証されます。
内申基準には、「英検準2級以上で+1」といった検定関係の優遇や、「主要教科に2は不可」「欠席数が20日以内」といった詳細な基準が設けられている場合もあります。使用される内申点は、原則として中3の11月頃に中学校から発表される数値(仮内申)です。
都立高校を第一志望にする生徒が滑り止めの私立高校を確保する制度
中3の11月時点での内申点が基準として使用される
この併願優遇の内申点基準をクリアしたら、11月頃に中学校の先生との三者面談があり、「私立A高校の併願優遇を利用したい。」と担任の先生に伝えます。
中学校の先生は、三者面談での決定事項を踏まえて、12月15日からの数日間で私立A高校に出向いて、「生徒が併願優遇を利用したいと考えている」という旨を伝えに行きます。これを入試相談(事前相談)と呼びます。私立高校側が「OKです」と了承すれば、この時点で、私立A高校には事実上合格になります。
11月の三者面談で併願優遇の滑り止め私立高校を決定する
12月15日からの入試相談で、事実上合格が確約される
翌年の2月10日から東京都内の私立高校の一般入試が始まりますが、併願優遇をもらっている私立高校の入試も受けに行きます。しかし、12月の入試相談の時点ですでに合格が確約されているので、不合格になることはありません。つまり、カタチだけの形式的な受験です。その後、合格発表があり、ここで正式な合格となります。
一連の流れ
1. 併願優遇の内申基準に達している
↓
2. 三者面談で併願優遇を利用することを伝える(11月)
↓
3. 中学校の先生による入試相談で事実上の合格確約(12月)
↓
4. 一般入試を形式的に受けて正式な合格(2月)
■併願優遇のよくある疑問と回答
併願優遇についてのよくある質問と回答をまとめました。ここでは、中学校や塾では教えてくれない本音で回答します。
Q. 内申基準はいつどこで分かるの?
A. 各私立高校のウェブサイトに記載されている場合もありますが、多くの学校は公開していません。なぜならば、内申基準を大々的に公表するのは、自校の偏差値を公表するのと同じことだからです。「うちの高校は偏差値40です!!」なんて大々的に言わないでしょう? 私立高校側は、内申基準によって他校との優劣をつけられるのが嫌なのです。かといって、中学校の先生も、全てを把握するなんて不可能です。従って、塾の先生を頼りにするのが一番です。進学塾では、内申基準を一覧表にしている場合がほとんどです。これを参考にして決めましょう。なお、一部のウェブサイトに数値の一覧が書かれていますが、基準となる数値は毎年変わりますし、間違った数値を信じては大変です。塾の内申資料を一番信頼しましょう。
Q. 内申基準が足りないけど、オマケしてくれない?
A.実は、内申基準はオマケしてくれる場合が多々あります。生徒募集に困っている低偏差値の高校ほど、基準を下げてくれる傾向にあります。「内申基準が足りていないが、どうしてもこの私立高校の併願優遇を確保したい!」という場合は、中学校の先生、塾の先生、私立高校の個別相談会のいずれかに持っていきましょう。中学校の先生の場合、私立高校と直接掛け合ってくれることもありますが、「基準に満たしていないとダメ」とされることが多いです。塾の場合は、私立高校と(悪い意味で)癒着関係にあることが多いですから、「良い生徒を回してあげるから、内申基準を下げてよ」といった裏取引も実際にあります。まずは塾に相談するのが賢明でしょう。また、私立高校が開催する個別相談会で直接相談するのも手です。この際は、アピール材料になるものを持参しましょう。模試成績を見せることは違反行為ですが、実態としては行われているのが実情です。生徒募集が良好な私立高校は、オマケしてくれる可能性が極めて低いので、注意してください。
Q. 併願優遇を利用したら、それ以外の私立高校を一般受験しちゃダメなの?
A.全く問題ありません。特に難関都立高校を志望している場合は、併願優遇で滑り止め私立高校を決めた上で、2校も、3校も別の私立高校を一般受験するのが普通です。例えば、日比谷高校が第一志望であったら、滑り止め私立を確保した上で、慶應志木高校や開成高校を受けるのが普通です。ただし、私立高校の中には、「他の私立高校の一般受験を認めない」と要項に書く理不尽な学校が存在します。しかしながら、この要項を守らずに一般受験をしている受験生は多くいます。そもそも、推薦入試ではない限り、受験生が一般入試で複数校を受けることは「権利」です。私立高校側がそれを制限することはできません。しかも、私立高校側は、他の私立高校を受験したかどうかを確かめることができません。繰り返しますが、中学生が一般入試で複数の私立高校を受けることは「権利」として認められていますから、それを止めることはできないのです。従って、併願優遇を利用しても、他の私立高校を受験してまったく問題ありません。
Q. 本当に併願優遇は不合格にならないの?
A.この点に関しては、厳密に話しておかなければなりません。東京都内の私立高校の併願優遇は、大部分が不合格にならない入試を行っています。つまり、100人受けたら100人が、200人受けたら200人が確実に合格します。ただし、一部の高校では、併願優遇といえども、一般入試の点数に「+20点」などを加点するだけで、筆記試験で基準点を下回ったら不合格にすることを公言しています。例えば、品川区の朋優学院高校は、一定未満の点数だと、併願優遇でも不合格にするとしています。このような学校は、滑り止めとして組み込む場合は注意を要します。滑り止めにならない可能性があるからです。こうした情報は、塾の先生が特に詳しいでしょうから、情報収集を予めしておくといいでしょう。なお、不合格にならない併願優遇の入試であっても、テスト答案を白紙で出したり、カンニングなどの不正行為を行うなど、著しく問題があると判断された場合は不合格になる可能性があることは補足しておきます。
■併願優遇を利用するメリットはただ1つ!
ここまで、東京都内の私立高校が実施する併願優遇の仕組みを見てきました。
併願優遇を利用するメリットは何でしょうか?
答えはただ一つ。「進学可能な高校が確保されているという安心感が得られる」という点です。
併願優遇を利用すれば、12月には事実上、進学可能な高校が確保されますから、受験生は安心して、第一志望の都立高校に向けた勉強に専念することができます。
多くの中3生にとって、高校受験は人生で始めでの関門です。第一志望の都立高校がダメであっても、行くことができる高校が確保されているとなれば、安心してチャレンジができますよね。
中学校の先生は、この併願優遇の利用を積極的に薦めてきます。中学校の先生の重要な仕事は、「進路未決定者」を一人も出さないことです。全員の進路を決めることが最大の使命。併願優遇を利用してくれれば、都立高校の合否にかかわらず、どこかの高校には進学できるわけですから、中学校の先生としても安心です。この点で、併願優遇は、受験生と保護者側にとっても、進路指導をする先生側にもメリットがあるのです。
■併願優遇の闇の話をしましょう・・・
開成にも、慶應義塾にも、早稲田実業にも、併願優遇はありません。
なぜでしょうか?
答えは簡単。併願優遇を行わなくても、受験生を集めることができるからです。
逆に言うと、併願優遇を実施する学校は、併願優遇を実施しないと、生徒を集めることができない高校ということになります。
はっきり言いましょう。誰もが憧れる人気校で、優秀な生徒が集まる難関校で、併願優遇を行っている学校は、1校としてありません。
よく中学生や保護者から「併願優遇で魅力的な私立高校が1校も見つからない」という嘆きを聞きます。掲示板や教育相談サイトでも、似たような書き込みが散見されます。
当たり前なんです。だって、本当に魅力的な私立高校だったら、併願優遇を実施しなくても、自然に生徒が集まりますよね?だから、併願優遇を行っていないのです。世間でいうところの「良い高校」というのは、併願優遇はやっていないのです。
特に、Vもぎ・Wもぎで偏差値60以上の進学校系の都立高校を志望している場合、私立高校の併願優遇校の実態を知れば知るほど、「絶対に進学校系の都立高校に合格してやる!」という気持ちになるはずです。ここからは、併願優遇の私立高校の進学リスクについて考えてみましょう。
■併願優遇の私立高校は愛校心が低すぎる
高校の口コミや評判の投稿サイトを見ると、併願優遇の入学者が中心の私立高校の評判の悪さが、正直、かなり目に付きます。
基本的に併願優遇の実施校は、「都立に進学できなかった生徒たちが行く学校」として括られています。そのために、世間からはどうしても「滑り止め高校」というレッテルを貼られてしまいます。さらに、入学後は、あちこちから「こんなはずじゃなかった」「本当は○○高校に進学したかった」という声が聞かれます。
もちろん、どの高校にだって不本意進学組は存在するものですが、併願優遇の私立高校は、ほとんどが残念組で占められます。自ら入学を志した生徒がいないために、学校を負の印象でしか見られなくなり、結果として、3年間を残念な雰囲気で過ごす
■年間80万を払うのに非正規のアルバイト先生が多すぎるという最大の闇
都立高校がほぼ無償なのに対して、都内私立高校は初年度納入金が、授業料無償化の対象だったとしても平均80万円を超えます。(なお、東京都では低所得世帯には私立高校の授業料が無償化されたと誤解する人がいますが、単なる授業料の「一部補助」だけで、補助でカバーできない納入金は1年間で100万円程度になります)
これだけ高額な納入金を私立高校に支払うのに、併願優遇の私立高校は、非正規雇用のアルバイト先生があまりにも多すぎるという問題点があります。
この問題は、2012年10月13日に朝日新聞が「経費削減のために私立高校のアルバイト先生が増えている」と報じ、その後NHKでも取り上げられたことで、世間に暴露されました。なんと、都内の私立高校の平均4割が、非正規の教員だというのです。とんでもない数値です。
しかも、この数値は「平均値」です。早稲田や慶應といった有名私立高校は、都立高校と同様にほとんどが正規雇用の教員で、非正規は1割以下とされます。したがって、併願優遇を実施する中堅校などは、半数以上が非正規のアルバイト先生であっても不思議でないのです。
なぜ、年間100万円近く支払うのに、非正規の先生が極端に多くなるのでしょうか?
それは、併願優遇というシステムの最大の欠点が由来します。
都立高校はその年の倍率によって、大量の不合格者が出たり、全然不合格者が出なかったりします。そのため、併願優遇の私立高校は、都立高校の入試状況によって、年度の入学者数が大きくぶれます。ある年は定員を100人以上オーバーしたと思ったら、翌年は入学者数が定員を割ったりと、はっきり言って、もう滅茶苦茶です。
定員を100名以上オーバーして入学者が出ても、無理やり、詰め込みます。特別教室を潰したり、1クラスの人数を定員オーバーにしたりして、とにかく、何が何でも押し込みます。
入学者数がめちゃくちゃなので、先生も雇ったり、雇わなかったりを繰り返します。正規教員は、すぐに辞めさせられないので面倒です。だから、非正規のアルバイト型の先生を中心に回すわけです。
「私立高校は教師の異動がない」なんて思っている方、いませんか? それは、早稲田や慶應といった“超”名門高校だけです。併願優遇の私立高校は、どんどん先生が入れ替わるのも普通です。こんな状態ですから、優秀な教員は、都の教員採用試験を受けたりして、都立高校にもどんどん抜けてしまいます。そして、非正規教員をどんどん補充します。
都立高校の教員は、大部分が正規教員ですから、3年間指導することを前提に長期的な視野で指導ができます。生徒数が不安定な私立高校は、入れ替わりが激しすぎて、これができないのです。さらに付け加えると、併願優遇を実施する私立高校は、もともと商業高校や工業高校であった学校が多く、正規教員といえども、実は大学受験指導の経験のほとんどない先生が多いという事情もあります。
■併願優遇の私立高校にはヒエラルキーが存在する
進学クラス
特進クラス(!)
スーパー特進クラス(!?)
併願優遇の私立高校は、なぜかどの学校も金太郎飴のように「特進」といった選抜クラスを創りたがります。幅広い層から、生徒をかき集めたいという意向もありますし、できる生徒だけを隔離して、その生徒にだけ力を入れるという意向も見て取れます。
いずれにせよ、このようなタイプの高校は、どのクラスに所属しているかによって、学校ヒエラルキーの位置付けが決まり、高校生活に色濃く反映されていきます。
上記の場合、スーパー特進クラスなるものが、ヒエラルキーの最上位に位置付けられます。彼らは、進学クラスや特進クラスの生徒からすると、嫉妬や、特別扱いによる不満の対象となります。逆に、スーパー特進クラスの生徒からすると、特進や進学クラスは、蔑みの対象になります。
重い話をしました。「私はそんなことしない!」という中学生もいるでしょう。しかし、人間というのは、このような、まるで江戸時代の士農工商のようなシステムに組み込まれると、必然的に、優越感や劣等感を抱くものなのです。ましてや、まだ10代ですから。
このような学校で最も可哀想なことは、学年の一体感がない傾向にあることです。これらのクラスは、原則3年間持ち上がりますから、クラス替えもなく、ヒエラルキー型の人間関係が卒業まで固定されます。
都立高校にあるような、学年のみんなで学校行事で盛り上がる、あの一生で高校時代にしか体感できない一体感が、クラスの断絶によって体験できないのは、人生における大きな損失です。
また、特進クラスは部活動が制限されていることも珍しくありません。部活動を禁止するというのは、もはや教育機関の行うことではありません。生徒を、もはや1人の人間として扱っているとは思えません。高校ではなく、単なる予備校でしょう。このような灰色の私立高校だけは、絶対に選んでほしくないものです。たとえ、自分の属するクラスが、部活動を許可されているとしても、同じ学び舎の中に、部活動をやりたくてもやることができないクラスがいるなんて、あまりにも非人間的すぎます。
■併願優遇を行わない私立高校を受ければいいのだが・・・
併願優遇の私立高校のデメリットを見てきました。併願優遇は、第一志望の都立高校に不合格だったときの進学先を確保する、いわば「保険」のようなもの。
出来る限り、併願優遇の私立高校への進学可能性を低くするには、併願優遇を行わない私立高校を一般受験するという手もあります。
豊島岡女子、本郷、渋谷幕張、城北、早稲田、慶應、明治大明治、中央大附属など・・・
しかし、これにも問題点があります。まず第一に、進学校系の学校は、ほとんどが中高一貫校としての教育に重きを置いています。中学から入学した生徒を6年間育てることは得意ですが、高校から途中入学した生徒を3年間で伸ばす教育ノウハウを持っていません。
そのため、高校から入学した編入生の大学進学実績は総じて低いようで、豊島岡女子や本郷などは、高校からの生徒では、東大に1人も合格していないようです。
さらに、これらの学校が近年、高校募集の停止を相次いで発表しているという問題点もあります。2019年だけで、豊島岡女子と本郷が高校募集の停止を発表。さらに渋谷幕張も将来的な募集停止を示唆しました。
これらの有名私立高校は、わざわざ高校募集を行わなくても、中学募集だけで十分に定員を満たすことができます。それに、せっかく高校募集をしても、優秀な生徒のほとんどは、日比谷や都立西のような都立進学校へ進んでしまうために、高校募集を継続する旨みがありません。今後も、有名私立高校は続々と高校募集を停止すると見られます。そうなれば、併願として受ける機会もなくなりますし、募集停止が決定した学校を、わざわざ受けようとも思わないでしょう。
■まとめ
ポイント
○ 併願優遇は基本、中3の11月時点の内申点で決まる
○ 併願優遇のメリットは、進学可能な高校が確保される安心感
○ 魅力のある私立高校は併願優遇をそもそも行わない
○ 併願優遇の実施校は滑り止め入学が多いので愛校心が極端に低い
○ 非正規のアルバイト教師の割合がかなり高い傾向にある
○ 特進クラスによるヒエラルキーが人間関係を断絶する傾向あり
○ 併願優遇を行わない有名私立高校は、募集停止が相次ぐ
【結論】 第一志望の都立高校になんとしても受かろう!